第一部：ラグーザと弟子たち
第二部：没後100年荻原碌山

　この展覧会は、日本近代彫刻史において重要な役割を果たした二人の作家に焦点を当てています。明治初期に来日したイタリア人彫刻家ヴィンチェンツォ・ラグーザ（１８４１−１９２７）と、ロダンの影響を受けた荻原碌山（１８７９−１９１０）です。

　ラグーザは、日本にはじめて西洋彫刻を伝えた彫刻家です。明治９年に新政府が溜池に開校した工部美術学校に招かれました。学校の閉校にともない明治１５年に帰国しますが、その間日本でも積極的に制作し日本近代彫刻の基礎を作りました。それだけ重要な作家であるにもかかわらず、これまでにラグーザの回顧的展覧会は開催されたことがありません。東京藝術大学には、ラグーザ没後の昭和８年に玉夫人から寄贈された１６点の作品を軸としたラグーザ作品のコレクションがあります。本展覧会は、これに東京大学所蔵作品などを加えて、ラグーザの芸術活動を振り返る初めての試みとなります。この機会に、作家の伝記や業績について最新の研究成果を集め、また、作品に対する実技的な立場からの研究もなされました。知られざる彫刻家ラグーザの真の姿に迫りたいと考えています。

　一方、荻原碌山はラグーザの来日から３０年を隔てた明治後期、パリのロダンの《考える人》をみて彫刻家を志しました。パリのアカデミー・ジュリアンで勉強し、明治４１年に帰国。明治４３年に没するまでのわずかな活動期間でしたが、碌山の作品は日本の近代彫刻にロダニズムという新しい風をもたらしました。今年は碌山の没後１００年にあたる記念の年となります。この好機を得て、この展覧会では碌山の芸術を検証していきます。新宿中村屋の女主人・相馬黒光との愛に苦しんだ碌山。その愛と生命の芸術を造形化しようとした作品群をご堪能ください。

　では、展覧会の見どころを具体的に紹介していきましょう。

　まず、「第一部ラグーザとその弟子たち」では、なんといっても石膏像が数多く展示されることが見どころのひとつといえましょう。そのほとんどが後年ブロンズに鋳造されていますが、白い肌の石膏原型と黒光りするブロンズ像を比較することが出来るということも彫刻展では珍しいことです。重要文化財指定されている《日本婦人》（カラー頁）については、その制作過程を解明する試みが行われました。ラグーザ特有の技法が解き明かされます。

　また、寄贈を受けて以来、ながらく本学の石膏室にあって実技学生の教材として活用されてきた《ガリバルディ騎馬像》《正義（ライオン）》《祈り》の３点が、この展覧会を機に本格的な修理を終えました。表面に塗布されていた白い塗料を慎重に除去した結果、本来の造形の力強さがよみがえりました。現在もパレルモ市の公園に設置されているラグーザの代表作である《ガリバルディ騎馬像》（カラー頁）の石膏習作は迫力に満ちています。

　「第二部没後１００年荻原碌山」での注目は、絶作「女」に焦点を当てた展示です。門外不出といわれた石膏原型（東京国立博物館所蔵、重要文化財）.. カラー頁）が出品されるだけでなく、その石膏原型から鋳造されたはじめてのブロンズ像（東京国立近代美術館所蔵）にはじまり、１００年後の今年、石膏原型から３Ｄデータを計測しそのデータを出力した原型をもとに本学で鋳造されたいわば出来たてのブロンズ像まで、全部で７体の《女》がならびます。ブロンズ像には、鋳造方法や仕上げの違いによってそれぞれ個性が現れています。これまで、ブロンズ像の個性にまで注目する展覧会はありませんでした。この機会にじっくりと比較していただきたい思います。

　また、鋳造されたばかりのブロンズ像にかぎって、今回は鑑賞者に自由に触れていただくことができるようにしました。見る彫刻から触れる彫刻へ。この試みは、決して目の不自由な方だけを対象としたものではありません。むしろ、見たことでわかったつもりになっている私たち人間の知覚に対して、触れるという感覚がもたらす新たな領域を実感していただくというねらいもあります。

　絵画鑑賞は好きでも彫刻はよくわからない、と感じている方こそ、是非この展覧会に参加してみてください。来て、見て、触って、そして味わっていただければ幸いです。

（ふるた　りょう・東京藝術大学大学美術館准教授）