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開館三十周年を迎えた下町風俗資料館 菅谷孝夫

 私たちの朝は、路地に打ち水をすることから始まります。一階展示室に再現されている下町の一角、そこには間口の広い商家、狭い路地に囲まれた長屋があります。その路地に打ち水をするのです。それが終ると、神棚やお稲荷様に供えた榊の水を替える…これは、訪れたひとに単にものを見るだけでなく、生活空間の情緒や雰囲気までも味わってもらいたいという思いから、開館以来受け継がれてきた私たち職員の日課です。

 下町風俗資料館が不忍池畔に開館してから今年で三十年、一階の商家・長屋も築三十年ということになります。その間、たくさんのひとが出入りした建物は、まるで本当に住人が生活してきたような味が出てきました。上がりかまちや濡れ縁の滑らかな丸みは、情景展示をより一層引き立てているようです。

 下町風俗資料館が不忍池畔に開館してから今年で三十年、一階の商家・長屋も築三十年ということになります。その間、たくさんのひとが出入りした建物は、まるで本当に住人が生活してきたような味が出てきました。上がりかまちや濡れ縁の滑らかな丸みは、情景展示をより一層引き立てているようです。
当館はご存知の通りの小さな施設ですが、開館以来の入館者はおよそ二八五万人を数えます。国宝や重要文化財があるわけでもない、所蔵・展示しているのは、少し前までごく普通に身の回りにあった生活資料が中心の資料館に、なぜこれだけ多くのひとが足を運んで下さったのでしょう。

 今、当館を訪れるひとの大半は、一階に再現しているような電化製品がほとんどない時代を知らない世代です。しかし感想帳を繰ると「懐かしい」という言葉が数多く見受けられます。自身の子どものころ、あるいは両親、祖父母を思い出す、展示を見てそんな思いを抱かれる方が多いのです。平成生まれの中学生や小学生までもがそのような感想を記すのには驚かされます。訪れたひとは、きっと展示されている情景を、自らの経験に基づいた「記憶」を通して見ているのでしょう。これは多くの博物館・資料館に展示されている歴史的な資料を見るのとは違った視点に違いありません。自分とは隔絶した時代のものを見るにはそれなりの興味や関心を必要としますが、しかし自らの記憶はより身近で普遍的なものです。

 館内はたいていにぎやかです。ひとは、思い出したことは声に出して語りたくなる習性を持っているのでしょう。一緒に来た者同士はもちろん、近くにいる他人とも家具や道具を指差しながら語り合う光景が見られます。とくに年配の方は、若者たちに「あなたは若いから知らないでしょうけど」を枕詞に、語りかけるのです。会話が生まれる展示、これは当館の大きな特徴です。見て、話している人は、学者や専門家ではないごく普通の人、その人たちが忘れられつつある様ざまな事柄をごく自然に「伝承」しているのです。

 また近年、外国からの来館者も増えています。最近は年間七〇〇〇人を超えているので、入館者の七、八人に一人は外国人ということになります。館内の展示は、東京下町のそれほど遠くない昔の生活空間ですが、外国の方は、そこに日本の生活文化の一典型を見るのです。畳、ちゃぶ台、障子、襖、そして四畳半の狭さ、招き猫や七福神の置物、祭礼提灯の文様、神棚など、外国の方が疑問や興味を抱くものは、たいてい私たちにとっては日常的であまり気に留めないものです。彼らの素朴な疑問によって、ほんの少し前までの生活の中には、連綿と受け継がれてきた文化的な諸々が、現在よりもはるかに色濃く残されていたことにあらためて気付かされます。

 開館から三十年が経った今、世代や文化の違いを超えて多くの来館者を迎えられることを思うと、この資料館の設立を実現させた先輩たちの先見の明に、あらためて敬意を表さねばなりません。今、当館に遺されているものの多くは、当時は日常的なありふれたものであったはずです。そこに価値や意義を見出して庶民文化としてとらえ、その伝承の場をつくったのです。私たちはこれからも先輩が育み、遺した下町の文化を伝えてゆくという使命を果たしつつ、また誰からも親しまれ、気軽に立ち寄ってもらえる身近な資料館でありたいと思っています。

 

(すがやたかお・台東区立下町風俗資料館館長)

 


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