
「昭和不忍池慕情イメージ」
昭和30年代、都電が通っていた頃の不忍池畔
今も走る動物園のモノレール
東京の古い建築の残る街や下町の路地裏、あるいは地方の民家など昭和の面影を自分なりに凝縮したジオラマ(情景模型)を創り続けて10年ほどになります。数々作ってきた町並みのどこかに必ず登場するのが、永井荷風の人形です。荷風の随筆「日和下駄」を読むと、こうもり傘を杖に日和下駄で散歩した界隈は、人気の無い坂道とか、入り組んだ路地とか、特に名所でもない所ばかりです。多分、平成の我々(一部の好事家ですが)が急激に変化していく東京の街の中に、昭和の面影を求めて散策するように、荷風も失われていく江戸情緒を探しながら明治の東京を歩いていたのだと思います。その辺り彼の気分に共感を持ち、ぼくのジオラマにも登場してもらっているわけです。さて、そんな荷風のお気に入りの場所の一つが不忍池でした。弁天島や蓮の浮かぶ水面など、ここは江戸の時代から変わっていなかったからです。

本郷菊坂・柿木小路、会談に永井荷風の人形
去年の春頃、伊豆榮ご主人に梅川亭のある昭和の不忍池のジオラマを依頼されました。製作にあたってどんな構図がふさわしいのか、二人で池の辺を歩きながら考えました。もと都営交通局に勤務し、地下鉄の運転手でもあったご主人に、かつてこの池の辺に路面電車が走っていたと教えられるまで、恥ずかしながらその事を知りませんでした。資料写真を見ると現在の上野動物園のモノレールの下をくぐる様に路線があったのですね。梅川亭に残っている、昭和初期の不忍池界隈を描いた版画にその路面電車とモノレールを重ねあわせ、イメージを構築していきました。
昭和40年代初頭、増加していく自動車の渋滞の原因であるといわれた路面電車は、次々と東京の街から廃線になっていきました。それに変わる未来の交通機関として期待されたのがモノレールです。上野動物園に日本で初めて開業したモノレールも多分に実験的な意味合いも含まれていました。昔の少年雑誌の未来予想図などに、摩天楼の間に流線型のモノレールが颯爽と走っている姿が描かれていたものです。

「?東の花町」、橋を渡るのは人形の荷風(製作・山本高樹)
クラシカルな路面電車とメタリックなモノレールが交差した構図が見られたのは、僅かな期間でしたが、まさに交通機関の世代交代を象徴するような風景だったのだなと思います。実際は、その後の東京の交通機関は複雑に入りこんだ地下鉄ばかりになってしまいましたが。大鳥居や五重塔、池のほとりに並ぶ屋台の賑わい、趣のある昭和の梅川亭など、ぼくなりに昭和のこの界隈を想像し、製作を開始します。縮尺は鉄道模型のHOゲージと呼ばれる80分の1スケールです。鉄道模型から何か利用出来る部品は無いのかと探したのですが、使えたのは路面電車の7500形の足回りの台車とピューゲルくらいで、車体は全てプラスチック板から切り出した手作りです。初代モノレールも図面など見つからなかったので、写真や絵本から寸法を割り出し、製作しました。懸垂式の台車部分の構造がよくわからず、作りながら理解していくという有様。屋台一軒一軒、たこ焼きやらカルメ焼きやら、小物も作り分けてあります。見る人はこういうところを覗き込んで楽しむのですから、手が抜けません。5ミリ画くらいのLEDチップの灯りの仕込みやら、人形の色塗りやら、山積みの作業工程は2ヶ月くらい続きます。最後の頃にはさすがに精も根も尽きますね、毎回。しかし、そんな苦労も完成後、ご主人はじめ伊豆榮のみなさん、および店を訪れるお客さんたちに喜んでいただけますと、この仕事をやっていてよかったなとつくづく感じます。そしてその気持ちあるから、これからも物作りが続けられるのだと思います。

昭和の上野池之端・伊豆栄本店、中央の通行人が荷風の人形
しかし、江戸情緒をこよなく愛した荷風がこれを見れば、路面電車はともかく、上野のお山にこんなミョウテケレンな乗り物をぶら下げるなんて、何と無粋な事をしたものだと嘆くのでしょうね。やっぱり。ジオラマ「昭和の伊豆榮」は一昨年、依頼された作品です。今はビルになってしまった、伊豆榮本店ですが、昭和の終わり頃までこの場所に建っていた往年の店の姿です。震災も乗り越えた明治の建築も老朽化には勝てず、趣のある姿は今では写真でしか見ることが出来ません。これを模型として再現したいとのご主人の依頼があった時には嬉しかったですね。

「夢町楽天地」(製作・山本高樹)
なんせ上野の伊豆榮の再現ジオラマですからね。江戸時代からの老舗っていうのに弱いんですよ、若輩者としては.. 笑)。資料になるのは、今も店に飾ってある写真一枚っきりでしたから、判らないところはまあ、想像という事で、楽しく作らせてもらいました。ショウウィンドウの料理サンプルが一番の見せ所でしょうか。
*カラー頁のジオラマ作品は、伊豆榮本店に展示されています。
(やまもとたかき・ジオラマ作家)
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