
リーリーとシンシン
二月二十一日、待望のジャイアントパンダペアが上野動物園に到着しました。上野界隈の皆様方には、深夜にもかかわらず大勢の方が出迎えてくださり、心より感謝申し上げます。
二頭は二十日の夕方、雅安のパンダ保護研究センターを出発し三時間の陸路で成都まで移動しました。成都で一泊し翌朝、成都空港から上海に飛び、上海空港では全日空のFLY!パンダ機に乗り換え、夜の八時五十分に成田空港に到着したのです。パンダと随行関係者の入国手続きなどを済ませ、十時に成田を出発し深夜十一時三十分に上野動物園に到着しました。
私はパンダ舎で二頭を迎えました。最初にオスの比力を降ろしましたが、彼ははじめて見る上野のパンダ舎にかなり興奮気味で、室内をかけ回ったのです。一方、まだトラックの荷台にいた仙女を覗き込むと、彼女は落ち着いていて、降ろしてもらうのを待っているかのようでした。新居に入ってからもゆったりと歩き、用意しておいた竹を食べて、その後すぐにスヤスヤと寝ってしまったのです。
二頭の名前を公募したところ四万通以上もの応募をいただきました。オスの比力は力強くたくましいイメージのリーリー(力力)に決まり、メスの仙女は優しいイメージのシンシン(真真)と名づけました。
リーリーとシンシンにはパンダ保護研究センターから張貴叔副主任と黄山飼育員の二人が付き添ってくれました。お二人からは新しいパンダの飼育方法についていろいろとアドバイスをいただき、以前とはだいぶ変わった飼い方になるほどと思ったものです。私たちが三十九年前に迎えたカンカン・ランランからリンリンまでの三十六年間の飼育方法と決定的に違うことがありました。
それは餌で、竹を重視したものに変わっていました。

リーリー(手前)と、彼を覗き込むシンシン
一頭あたりの一日のメニューは、竹を十束二十sほど、リンゴ一個半、ニンジン六本、そして今まで使っていたトウモロコシ団子を改良した栄養満点のお団子を一・二sというシンプルなものです。以前のメニューには馬肉スープで炊き上げたパンダ粥やサトウキビ、カキ、ナツメ、サツマイモなども入っていました。
竹をたくさん食べさせる結果として、形の良い大きな糞を大量にします。上野に着いて数日間はシンシンの方が落ち着いていた分、食欲もあったようで一日に十五sほどの糞をしましたが、リーリーは十二sほどしか出しませんでした。ところが、三月に入りリーリーの食欲はどんどん増し、大きな笹団子のような糞を大量にするようになり、最高で一日に二十六sもの糞をしたのです。
以前のメニューでは、糞量は十sを超えることが、食欲良好の目安でした。新しい飼い方では、糞量の目安は二十sに変更しなくてはならないでしょう。上野動物園ではこれまでに九頭のジャイアントパンダを飼いました。この間にパンダミルクの開発をするなどの成果をあげてはきましたが、この限られた飼育数では餌を変えることはかなりの冒険で、この超希少動物に対してはできなかったのです。
パンダ生息地、いわばパンダの地元にあるパンダ保護研究センターでは、たくさんのパンダを飼育し餌の研究も積極的に行ってきました。その結果、野生のパンダの食性に近い餌、すなわち竹をたくさん食べさせることが、パンダを健康に飼う最も良い方法であることが判ったのです。
パンダの飼育がはじまったころはどうしても人間の感覚で餌を決めていました。クマ科の動物だから肉も食べるだろうと、ロンドン動物園のチチのメニューには鶏の腿肉つまりローストチキンが入っていました。ミルク粥や煮たサツマイモ、サトウキビなどはパンダにとっても美味しいらしく、与えればいくらでも食べてしまい、主食であるはずの竹の採食量が減ってしまうのです。
パンダの消化器は何千万年もかけて竹に適応して進化してきました。私はリーリーとシンシンの大量の糞を見るたびに、日本の竹を美味しそうにムシャムシャと食べる二頭を頼もしく眺めています。
(こみやてるゆき・上野動物園長)
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