
噺家は三.五年間の前座修業、いわゆる下働きをします。先輩の着物を畳んだり、お茶出し、太鼓、高座返し…。出囃子は一人ひとり違うし、お茶にしてもその師匠方の好みを覚え、しかも噺家には香盤と呼ばれる序列があってその順番通りに出さなくてはなりません。こりゃたいへんです。毎日毎日しくじってしくじって晴れて二ツ目に昇進するのです。

二ツ目になると180度世界が変わります。紋付、羽織、袴を付けることができるし、前座時代と違って寄席、師匠宅にも毎日通わなくすむ。前座からお茶も煎れてもらえる。そして自分の芸名を染めたオリジナルの手ぬぐいを誂えることができるのです。これを先輩に「二ツ目に昇進いたしました。よろしくお願いします。」と差し出すと「おめでとう。」と嫌々ご祝儀を渡してくれる(笑)。まあ、自分ももらってるので仕方ないんですが…。小紋や縞などの古典柄、似顔絵が描いてあるもの、知り合いのデザイナーさんに頼んだもの、もちろん自分でデザインするものもおります。わたしもそのクチです。手ぬぐいが大好きで『噺家の手ぬぐい』(日東書院)という本まで出しました。昭和の名人から現在の二ツ目まで、いろいろあってホント面白い。高座で使いやすい柄、使いにくい手ぬぐいもあります。人情噺の一番泣ける場面、クライマックスで懐から出した手ぬぐいが木久扇師匠の似顔絵だったらどうでしょう?噺が台なしになっちゃう(笑)。これは木久蔵時代のものですが描いたのはなんとあの手塚治虫先生!他にも松本零士先生、本宮ひろし先生、川崎のぼる先生、浦沢直樹先生などなど。また二ツ目の柳家小太郎クンの手ぬぐいは面白い。畳んでいると渋い柄ですが広げるとプロレスの覆面。実際にかぶることもできます。…って、わけわかんない(笑)。先日、鈴本演芸場での出来事。高座で使う手ぬぐいを鏡の前であれこれと選んでいた小三治師匠。数本の中から懐に入れたのがなんとこの小太郎クンの覆面手ぬぐい。広げるとあんな柄だって知らないで選んだと思うけど…。よかった手ぬぐい使う噺を演らなくって(笑)。

たいがいの噺家は二ツ目、真打、襲名披露などのきっかけで新しい手ぬぐい、柄を替えるのですが、わたしは毎年お正月に新柄を誂えます。これにお年玉を添えて前座に渡したり、先輩、仲間の噺家と交換、またお客様に年始の挨拶として使います。わたしの今年の柄は羽織姿の噺家。説明しないとわからない方も多いんですが…(笑)。ガッテンしていただけましたか?また、仲間から頼まれて手ぬぐいのデザインをすることもあります。芸術協会の二ツ目瀧川鯉斗クンからの依頼で手ぬぐいのなかに鯉を入れて欲しいとのこと。うーむ、…考えたのが鯉のぼり。手ぬぐいを上下に使って上は雲を散らして空、その下には青海波。こいつに目をいれて鯉のぼりの出来上がり。畳み方でふたつの柄が楽しめます。一本で二度おいしい手ぬぐいの完成です。
つい先日も東日本大震災の義援金にと『がんばろう日本。』手ぬぐいを作りました。個人的に始めた活動でしたが、仲間の協力もあっておかげさまで元々注文していた数の十倍の予約、追加してもすぐに完売してしまいました。新しい色の手ぬぐいがただいま鈴本演芸場で販売中です。早く行かないと売り切れますよ(笑)。もう無かったらゴメンなさい。

ご存知の通り、手ぬぐいは高座の上でさまざまなものに変身します。煙草入れ、財布、紙入れ、本、書き付け…。これが新作落語になるとなんでもあり(笑)。ワインボトル、ハンドル、携帯電話…。あっ、カツやべろにもなりました。まあ、手ぬぐいをこんなことに使うのは三遊亭白鳥さんだけですけど…(笑)。手ぬぐいでの失敗談をひとつ。池袋演芸場で『三枚起請』という噺のなかで起請に見立てた手ぬぐいを投げつける場面で勢いがつきすぎて客席まで飛んじゃった(笑)。お客さんがそっと高座に戻してくれました。こんなハプニングも寄席ならでは。これからの季節、夏の噺の中で手ぬぐいがどんな形に変わっていくのか楽しみにしてください。
あっ、玉の輔ブログ『噺家の手ぬぐい』
(http://lascaux.sakura.ne.jp/tenugui/)も見てくださいネ。
(ごめいろう たまのすけ・落語家)
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