
国宝当麻曼荼羅縁起鎌倉時代・13世紀神奈川・光明寺
この特別展は、法然八〇〇回忌、親鸞七五〇回忌を機に、ゆかりの名宝をとおして法然と親鸞が八〇〇年ぶりに再会する、史上はじめての展覧会です。展示は、二人の思想や生涯、師弟関係に焦点を当て、鎌倉仏教の二大宗祖である法然と親鸞に関わる文化財について、その時代背景や特色などをご理解いただける構成となっております。国宝・重要文化財が半数を占める第一級の美術品およそ一八九件によって、二人の全体像やその魅力をご紹介します。
人と思想
現世から極楽世界に向かう一本の細く白い道を、ひたすら阿弥陀仏を信じて進むことで西方浄土に往生することができるという唐の善導の譬え話を絵画化したのが、重文二河白道図です。会場の入り口である第1室の導入部は、この図をイメージしています。重文法然上人像(足曳御影)や重文法然上人坐像は、それぞれ現存最古の遺品です。浄土宗の根本聖典である重文選択本願念仏集は、巻頭の二十一字が法然の自筆です。重文源空(法然)書状とあわせて、伝存稀な法然の自筆資料をじっくりとご覧ください。
重文 親鸞聖人影像(熊皮御影)は、熊皮とみられる獣毛を敷いた上畳に座る姿を表し、濃くつりあがった眉や鋭い眼差しなど、親鸞とわかる特徴をよく示しています。浄土真宗の根本聖典である国宝教行信証(坂東本)は、唯一の親鸞自筆本で、本文中には全体にわたって丹念な書き込みがあり、六十歳頃から晩年に至るまで改訂が続けられたことがわかります。重文歎異抄は、.如筆の最古写本で、悪人正機説など親鸞の思想を端的に示しています。これらの肖像画や、肉筆の資料、その思想の背景となった作品などを通して、強靱な精神力を秘めた法然、真摯な研鑚につとめた親鸞の存在を、身近に感じていただければと思います。
伝記絵にみる生涯
波乱に富んだ生涯のなかで、法然と親鸞がどのように考え行動したかをたどります。法然伝絵巻を集大成したといえる国宝法然上人行状絵図や、親鸞の曾孫、覚如が制作した重文善信聖人親鸞伝絵、重文善信聖人絵(琳阿本)など、奇跡と史実を交えながら語りつがれてきた伝記絵の、特色ある構成や、その内容にご注目ください。
法然と親鸞をめぐる人々
法然の教えのエッセンスを記した一枚起請文や、自重を促した重文七箇条制誡などからは、念仏における強い信念と、弾圧下での危機管理の意識、慈愛に満ちた温和な性格などがうかがえます。親鸞の場合は、二十九歳のとき京都・六角堂で救世観音より得た夢告を記した重文親鸞夢記や、子息の善鸞に関わる善鸞義絶状、娘の覚信尼の行く末を案じて、その支えになってくれるよう常陸国(現・茨城県)の門弟に依頼した遺言状、妻の恵信尼が在りし日の親鸞の様子を迫真的に記した自筆書状などによって、人間味あふれる親鸞の素顔に迫ります。
信仰のひろがり
国宝当麻曼荼羅縁起は、奈良・当麻寺の本尊である当麻曼荼羅の由来を描いたもの。当麻曼荼羅織成の物語をドラマチックに描き出しています。とくに巻末の阿弥陀聖衆来迎の場面は、観音菩薩がひざまずいて.台を差し出し、これに乗るようにうながしており、息をのむほどの迫力と優美さにあふれています。国宝阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)は、急な山の斜面にそって阿弥陀聖衆が来迎する構図が、みる人にスピード感を与えることから、「早来迎」の名で知られる鎌倉時代を代表する来迎図です。往生を願う人々の思いが、来迎図のなかに反映されています。さらに、親鸞自筆の名号、平安貴族の美意識の粋が結集された国宝本願寺本三十六人家集など、信仰の歴史を伝える名宝の数々が一堂にあつまります。
これらの作品は、相互に密接な関係をもっています。浄土宗、浄土真宗の各寺院で大切に守られてきた文化財をあわせてご覧いただくことは、法然と親鸞について、より理解を深めることのできる貴重な機会といえます。大震災に見舞われ、社会の転換期を迎えた今日、二人の思想や生涯のあり方は、現代人に多くの示唆を与えてくれると思います。
(たかはしゆうじ・東京国立博物館博物館情報課長)
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