 ボルゲーゼの壺を素描する画家
1775年頃、サンギーヌ・紙
ヴァランス美術館(c)mus'ee de Valence,
photo. Philippe Petiot.
ポンペイやヘルクラネウムの遺跡発掘に沸いた18世紀、さまざまな古代遺物を組み合わせた空想的な風景画によって名声を築いたフランスの風景画家ユベール・ロベール(HubertRobert1733-1808)。「廃墟のロベール」の名は、遠くサンクトぺテルブルクのエカテリーナ2世の宮廷にまで轟いた。ロベールが描き出す風景は、遙かな時を超えてあらわれる古代の神殿やモニュメントの眺めと、木々の緑や流れる水、日々生活を営む人々の姿とがコントラストをなしている。彼の絵を観る者は、流れゆく時間、自然、そして芸術の力に思いをめぐらすように誘われてきた。
一方、ロベールは、名誉ある「国王の庭園デザイナー」の称号を持ち、庭園デザインの歴史にも名前を残している。この画家が絵画空間のみならず、実際の庭園空間にも、古代風の建造物や人工の滝、洞窟などを配していたことを知れば、絵画空間に描かれた空想の風景はさらに生きた魅力を持ち始めるだろう。
今回の展覧会は、世界有数のロベール・コレクションを誇るヴァランス美術館が所蔵するサンギーヌ(赤チョーク)素描を中心に、約130点の油彩画・素描・版画・家具を通してロベールの芸術を日本で初めてまとめて紹介するものである。
スタンヴィル侯爵の侍従を父として生まれたロベールは、侯爵の息子、スタンヴィル伯爵(後のショワズール公爵)が大使としてローマへ赴任する際に同行、そのまま11年に渡ってイタリアに滞在する。古代、中世、ルネサンスと、さまざまな時代の地層が積み重なったローマの町には、文字通り、時間が作り上げた風景があった。ロベールはこの長いイタリア滞在期に、在りし日の威容を語る古代遺跡や、ルネサンスの栄華を示す大建築、あるいは打ち捨てられて植物が繁茂するノスタルジックな庭園等々の眺めを次々と素描に残している。若き日に夢中で描きためたこれらのモティーフは、その後、ロベールの数々の空想的風景画、そして庭園デザインの中で繰り返し引用、展開され、いくつもの「時間の庭」が作り出されていくことになる。
 アルカディアの牧人たち
1789年、油彩・カンヴァス
ヴァランス美術館(c)mus'ee de Valence,
photo. E. Caillet
展覧会は、ロベールの画業を概観できるように年代順を基本としつつ、テーマとモティーフによって作品を分類した6章から構成されている。前半では、師や仲間の作品との比較も交え、イタリア滞在期の作品群を中心に紹介する。17世紀風景画の先例を展示した導入に続き、名所や建物ごとに作品を分類した2章は、いわばローマの町を散策できるような構成となっている。続く3章では、画家仲間のフラゴナールや美術愛好家サン=ノンらとともに、ピクチャレスクな風景や自然の息吹を求めて訪れたローマ近郊の町や南イタリアでの制作の様子を紹介する。
一方、パリや近郊の風景を題材とした作品のほか、文芸庇護者ジョフラン夫人らとの交流にも光をあてた4章で始まる後半では、帰国後の作品を中心に展示する。1765年に帰国したロベールは翌年にはアカデミーへの入会を許され、その後も、王侯貴族や富裕な愛好家たちのサークルの中で順調に活躍の場を広げていった。5章では、「廃墟のロベール」の名を世に知らしめた、古代遺跡やモニュメントを自由な想像力で組み合わせた空想的な風景画の数々を見ていく。そして最終章では、自然と人工の交差する場としての「庭園」を切り口としてロベールの作品の再検討を試みる。ここでは、メレヴィル庭園をはじめ、自らがデザインを手がけた庭園の眺めを再び絵筆で描き出した作品などを見ていく。
1780年年代には成功した画家として、また、王室コレクションの管理官として、ルーヴル宮内にアトリエ兼住居を構えたロベールは、1789年に王室所蔵のプッサンの代表作に想を得たアルカディアの牧人たちを手がけている。ここに描かれた古代風の墓は、古来、人生の儚さを象徴するモティーフだが、ロベールがエルムノンヴィル庭園の中にデザインしたといわれる哲学者J・J・ルソーの墓も想起させる興味深いものである。
そしてこの絵が描かれた年は、長く続いた貴族社会の崩壊の始まりの年でもあった。フランス革命の勃発で、ロベール自身、恐怖政治期に一年近く投獄の憂き目に遭う。獄中の画家には生活のために皿に描いた絵を売ったという逸話も残されている。現在約12点しか知られていないこの貴重な皿絵から、本展には3点が出品される。また、本展を締めくくる最晩年の作品、ヴェルサイユのアポロンの水浴の木立(1803年)は、かつてルイ16世のためにヴェルサイユの庭園の一隅にデザインしたグロッタ(人工洞窟)の眺めを自ら描いたものである。ロベールの過ぎ去りし華やかなキャリアを物語るとともに、フランス宮廷文化の落日の輝きを呼び起こしてくれることだろう。
日本では一般的に馴染みの薄い画家だが、ロベールの芸術とその制作背景は、古代趣味やサロン文化、庭園芸術など、同時代のさまざまな文化領域と興味深い接点をもっている。特に東京会場では、出品作の時代背景をより深く掘り下げるため、当時の庭園文化に関する出版物も参考展示する予定である。ロベールが絵画と庭園の中に作り上げたアルカディアの秘密を探る本展が、18世紀の芸術文化の新しい魅力の発見につながる機会となれば幸いである。
(じんがおか めぐみ・国立西洋美術館主任研究員)
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