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ベルリン国立美術館展 〜学べるヨーロッパ美術の400年〜    高梨光正

そもそも芸術的創造力、あるいは想像力というものは、先天的な才能に負う部分が大きいのか、それとも後天的な環境や教育、あるいは修練の結果に左右されるものなのか、いまだに判然としません。西洋美術の歴史を考えるときに、実はこの点が非常に重要なのです。

18世紀以前の西洋美術を考えるときに、日本語でも今や一般的となっている「ルネサンス」という言葉が意味するところを、いささか深く理解しておく必要があります。

15世紀イタリアで花開いたイタリア・ルネサンス美術は、しばしば古代の芸術の再発見や復興などという観点から語られることが多いのですが、なぜそのようなことが可能になったかというと、イタリア、特にフィレンツェの人々が「勉強」したからなのです。商人と職人の町フィレンツェでは、読み書きのできる人が人口の7割を超え、さらに職人の子供でもラテン語や、ひいてはギリシャ語も勉強し、商人の子供は高度な算数を学習し、文学を嗜み、そして父親とともに旅に出て外国語の習得に励んだといいます。この、教育システムというか環境整備がフィレンツェ・ルネサンスの原動力となっていたのです。

では、アルプスの北側、すなわち現在のフランドルやドイツではどうだったかというと、それはそれで独自の文化を育くんでいました。緻密で写実的な描写を追求した絵画や、中世以来の伝統を受け継ぎながら独特の造形性を見せる木彫、そして豊かな想像力と造形力に満ちた大規模なゴシック建築などを生み出しています。

古代ローマ時代から、アルプスの北と南では、民族も違えば、言語も異なります。比較的寛容にローマの文化を受け容れたガリア人は現在のフランス人へと、カエサルでさえ手を焼いていたゲルマン人は現在のドイツ人へとつながります。比較的早い時期から交通路が開けていたイタリア半島とフランスの間では人的交流も文化的交流も盛んでした。古ゲール語(ガリア人の言葉)とラテン語が融合して現在のフランス語が成立します。それに対して、アルプスの北側に住むゲルマン人はラテン化することなく、かたくなに自分たちの文化を守ります。ローマ帝国が崩壊し、その後ローマ・カトリック教会が聖堂や修道院を通して布教と教育を展開してゆきますが、彼らは、イタリア以上に地域的分裂というか、地域的自立心が強かったため、各地それぞれ独自の政治と文化を形成してゆきます。

コマツオトメ・ヤマザクラ・ソノサトキザクラ・マイヒメ
ルーカ・デッラ・ロッビア聖母子
1450年頃彩釉テラコッタ ベルリン国立美術館彫刻コレクション
©Staatliche Museen zu Berlin

さて、ここで、ルーカ・デッラ・ロッビアの聖母子とドイツの誇る偉大な彫刻家ティルマン・リーメンシュナイダーの聖ゲオルギウスを見比べてみましょう。ルーカ・デッラ・ロッビアが創り出した聖母マリアと幼児キリストの姿は、優しい母親とかわいい子供の姿そのもので、宗教的な超越性や聖性よりも、人の日常の中にある当たり前の親子の情愛と姿を強調し、それを宗教的な意味へと還元しているところに、イタリア・ルネサンスの最も重要な側面が隠されています。しかも、人を人としてのプロポーションと姿で、その理想を追求しているところに、ルネサンス美術を支える研究心の成果が表れています。

それに対しリーメンシュナイダーの聖ゲオルギウスは、プロポーションはゆがみ、身振りもぎこちなく、今にも泣きそうな顔にも見えるゲオルギウスに対し、自信満々の馬の妙に人間くさい表情と、退治されている龍のもの言いたげな表情をみると、この群像の主人公がいったい誰なのか、真の勝者が誰なのか、不思議な思いにとらわれます。リーメンシュナイダーは人間の本質を見抜いていたのか?

アルプスの北側の芸術家たちは、とかくイタリアに憧れ、イタリアの美術を学びました。しかし、それは同時に自分たちのアイデンティティを再認識させる機会ともなっていたのです。イタリア旅行をしたデューラーは、イタリア美術を学んだはずながら、イタリアに気触れることはありませんでした。イタリア美術の様式が様々な形で影響を与えたフランドルやオランダの絵画も、17世紀には独自の世界を構築するにいたります。

理性と感性の間で考えつくされ整理された想像力と、荒削りないささか混乱したようでもありながら逆に人間くささをそのまま見せている想像力のありかた。しかもそうした想像力の中に浮かび上がるイメージや感覚の歴然たる相違。もはや単純に才能や環境という言葉では説明できない、長い長い民族のDNAの歴史に深く刻み込まれているのかもしれない造型感覚の違い。イタリアとドイツ。イタリアとフランドル。15世紀と16世紀。16世紀と17世紀。地域の違い、民族の違い、時代の違い、それでもなおそこにある歴然とした連続性や類似性。それを、理屈抜きで、単純に目に映る色や形として、まとめて見てみませんか。

今回ベルリン国立美術館と共同で開催する「ベルリン国立美術館展−学べるヨーロッパ美術の400年」は、イタリア絵画や彫刻と、北方絵画や彫刻を同時に見ることで、歴史とともに成熟したヨーロッパ美術の流れを肌で感じ取ることができるような構成にしています。デッラ・ロッビアの優美な聖母とリーメンシュナイダーの素朴ながらも人を魅了してやまない木彫、フェルメールとレンブラント、白い羊皮紙の上に銀筆とインクで描き起こされたボッティチェッリの簡素にして妖艶な素描、情念ほとばしるミケランジェロの素描など、絵画、彫刻、素描など合わせて107点をご覧いただきます。

なぜ違うのか、何が違うのか、どうして似ているのか、どうして…ここではっきり申し上げておきましょう。僕も答えを知りません。誰か教えて下さい。

(たかなし みつまさ・国立西洋美術館主任研究員)

 


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