<<真珠の耳飾りの少女>>は28年前にも上野を訪れています。1984年、国立西洋美術館にて開催された「マウリッツハイス王立美術館展」で、少女は、青いターバンの少女と呼ばれて展示されました。今年、彼女との上野での再会を楽しみにしていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。マウリッツハイス美術館は、オランダ第3の都市ハーグにあります。ハーグには、国会議事堂などオランダの政治の中枢機関と王室の宮殿、そして国際司法裁判所といった国際機関が集まります。街には緑が多く、少し足をのばすだけでリゾート地スヘーフェニンゲンの海を楽しむこともできます。130年以上前に、フランスの画家で文筆家のフロマンタンはこの地を訪れて次のように述べています。「大都会の醜さ、俗っぽさ、騒がしさ、あさましさと虚飾、こうしたものにはうんざりしているが都会そのものが嫌いなわけではない人にこそ、この町に滞在してみるのをお勧めしたいと思う」(『オランダ・ベルギー絵画紀行』、高橋裕子訳、岩波書店、1992年)。まさにその通り。今年2月に訪れた時のハーグの印象もフロマンタンの記述そのままでした。
マウリッツハイス美術館は、ハーグの中央駅から歩いて10分ほどの街の中心部にあります。隣には、政治の中枢機関があつまる「ビネンホフ」という13世紀から17世紀に建てられた由緒ある建築が並び、裏にはホフフェイファ池が美術館を美しく映し出します。美術館の入口を入るとショップとカフェのフロア、その上の1階と2階が展示室になっています。

ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃マウリッツハイス美術館蔵
マウリッツハイス美術館が所蔵する3点のフェルメール作品は2階に展示されています。モスグリーンのような落ち着いた緑色の壁紙と、華奢でモダンな照明のついた一室に他の作品と同じように並んでいます。階段室から15番の部屋へ入ると正面の壁にデルフトの眺望、右手の壁にディアナとニンフたち、そしてデルフトの眺望の向かい側、入ってすぐ左手の壁に真珠の耳飾りの少女が待っています。作品の前に手すりや柵はなく、近づいたり離れたりしながら思う存分観ることができます。マウリッツハイス美術館の建物自体が、もともとナッサウ=ジーゲン伯ヨーハン・マウリッツの個人邸宅として建てられたこともありますが、くつろいだ環境で観られるよう展示方法も配慮されています。とはいえ、日本人をはじめ多くの観光客がこの部屋をめざしてハーグを訪れているため、なかなか独り占めはできません。
さて、「絵画の宝石箱」とも呼ばれるマウリッツハイス美術館の珠玉のコレクションから約50点をご紹介する本展では、風景画、歴史画(物語画)、肖像画、静物画、風俗画とジャンルごとに分けて作品を展示します。フランス・ハルスの、思わず微笑み返してしまう笑う少年の生き生きとした筆勢と、同じ画家とは思えない程の精緻な描写がみられる肖像画を見比べたり、レンブラントの巧みな明暗で描かれた物語画や自己の内面が深く切り込まれるような自画像と向き合ったり、さまざまな楽しみ方ができます。ヘンドリック・ファン・バーレンが人物を描き、ヤン・ブリューゲル(父)が花や果物で豊かに彩った共同制作の作品もあり見どころの一つで、この時代の画家の在りかたをよく表しています。多くの画家はそれぞれ得意とするジャンルをもち、腕を磨き、ときには協力してひとつの魅力的な作品を作り上げました。

レンブラント・ファン・レイン《羽飾りのある帽子をかぶる男のトローニー》1635-1640年頃
下作品とも、マウリッツハイス美術館蔵
今回の展覧会は、マウリッツハイス美術館が2014年半ば頃まで休館となるために実現したものです。「未来に向けたマウリッツハイス建設計画」と呼ばれる大規模な改修・拡張で、現在の美術館は向かいの建物と地下で結ばれ、約2倍の規模となります。美術館の入口は建物の正面となり、展示室も広がり、教育普及のスペースや講堂もできるそうです。今年の4月から休館となりましたが、すでにハーグ市立美術館でマウリッツハイス美術館のコレクションのハイライト展示が始まっています。2014年の6月までつづく予定で、フェルメールの<<デルフトの眺望>>やレンブラントの<<ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義>>などの数々の作品は、休館中も同じハーグでリニューアルオープンを待つことになります。<<真珠の耳飾りの少女>>は、東京で展示された後9月29日から神戸市立博物館へ、その後2014年初めまでアメリカへ旅をします。

ヤン・ブリューゲル(父)およびヘンドリック・ファン・バーレン
《四季の精から贈り物を受け取るセレスと、それを取り巻く果実の花輪》1621〜1622年頃
今回の展覧会は東京都美術館のリニューアルオープン後初めての特別展となります。4月に再オープンして3ヶ月、このたび企画展示室のある企画棟が初お目見えとなります。休館前の建物と外観は大きく異なりませんが、企画棟は地上部分を建て替えています。天井は4.5メートルと高くなり、フロアを結ぶメインの導線はエスカレーターとなりました。1階と2階には外を眺めて休憩できるロビーもできました。新装なった都美にまだ足を運んでないという方はぜひ、この機会にご来館ください。
(おおはし なつこ・東京都美術館学芸員) |