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手の痕跡 
国立西洋美術館所蔵作品を中心としたロダンとブールデルの彫刻と素描
大屋美那

<エヴァ> オーギュスト・ロダン 1907年、ブロンズ(C)上野則宏
<エヴァ> オーギュスト・ロダン 1907年、ブロンズ 
(C)上野則宏 作品はすべて国立西洋美術館松方コレクション

さて、皆様はこの展覧会タイトルからどのような内容を想像されるでしょうか。この「Gaman」は日本語ですと説明されても、「我慢のアート」が何故「尊厳の芸術」なのか、ますますわからなくなるかもしれませんね。

2010年にワシントンのスミソニアンアメリカ美術館レンウィックギャラリーで開催された「The Artof Gaman」は、第2次世界大戦中に強制収容所に収容された日系アメリカ人たちが、生活のために手作りで制作した日用生活品、美術工芸品などの数々を紹介して、アメリカ国内で大きな反響を呼び、同年11月にNHKの「クローズアップ現代」でも紹介されて我が国でも話題になりました。

1941年12月の真珠湾攻撃によって日米が開戦すると、アメリカ西海岸沿州で生活していた12万人以上の日本人移民と日系アメリカ人は、1942年2月の大統領令9066号によって、家や家財道具を整理するひまもなく、手荷物ひとつで強制収容所に送られました。これは自由と民主を謳うアメリカ憲法に明らかに抵触する政策で、心ある人たちからは批判もありましたが、アメリカ政府にも苦しい事情がありました。

開戦以来、海に陸に快進撃を続ける日本陸海軍の力量に驚愕したアメリカ政府は、日本軍のアメリカ西海岸上陸を真剣に警戒して、その時にどのような動きをするのか懸念される西海岸在住の日系人を世間から隔離して監視下においたのでした。

しかしながら、異国で苦労して築き上げた生活基盤から突然追われて、内陸部の砂漠などの柵や鉄条網に囲まれた収容所に隔離された人たちにとっては、まさに降って湧いた災難で、新たな住居などは「バラック」と呼ばれた仮設住宅で、個人のプライバシーもない狭さで、雨風や砂塵が吹き込むこともありました。

左:<ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの胸像> オーギュスト・ロダン 右:<蛇を巻く男> オーギュスト・ロダン
左:<ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの胸像> オーギュスト・ロダン
1890−91年、ブロンズ (C)上野則宏

右:<蛇を巻く男> オーギュスト・ロダン
鉛筆、水彩 

国立西洋美術館では、現在ロダンとブールデルの彫刻69点を所蔵しています。これらは当館の彫刻コレクションの中核を占めるだけでなく、国内所蔵のロダンとブールデルの作品としても質、数の面から貴重なものです。ところが当館ではこれまで常設展示でその一部をご紹介してきただけで、これらを一堂に展示する機会がありませんでした。今回は『手の痕跡』と題し、こうした当館所蔵のロダンとブールデルの彫刻に加え、素描・版画22点、東京国立博物館所蔵のロダン彫刻1点を展示します。なかには国立西洋美術館では、開館当初に公開して以来約40年ぶりの展示となる作品もあります。

いうまでもなく、ロダンとブールデルは19世紀後半から20世紀初頭のフランス彫刻界を代表する彫刻家です。21歳の年の差のあるふたりですが、ともに国立美術学校を中心としたアカデミックな彫刻教育から距離を置き、新しい立体表現を提示し続けた彫刻家として位置づけることができます。新古典主義の彫刻が滑らかに磨き上げられた端正な仕上げに特徴があるのと比べると、ロダンやブールデルの作品の表面は、あえて素材の粗いテクスチャー、指や型、道具の跡を傷跡のように残し、生々しさを露にしています。それはまぎれもなく作者の手の跡であり、観る者が彫刻家の存在を間近に感じる重要な要素となっています。他方で、彫刻は絵画と異なり、元である彫刻家の手から、観る者の目に触れるまでに、多くの他者の手を経る芸術でもあります。ブロンズ彫刻であれば鋳造職人、大理石彫刻であれば下彫り職人、また拡大や縮小を専門にする者など、さまざまな分野の職人たちの手が介在するのです。ロダンの場合、大理石彫刻だけでも時期により最大50名の職人を抱えていたといわれています。じつは、ブールデルもそうした職人のひとりであり、1893年から1908年まで15年間、ロダンのもとで主に大理石彫刻の下彫り職人として働きました。

今回の展覧会には、ブールデルなどの職人たちが関わるロダンの彫刻制作のプロセスをよく示す作品が含まれています。たとえば、前庭と館内会場にはふたつのエヴァが展示されます。この2点は全体の形は似ていますが、よく見ると表面の仕上げや部分的な構成が異なっていることがわかります。先に制作されたエヴァ(東京国立博物館所蔵)は未完成のまま約20年間置かれた後、ロダンの指示でブールデルによって大理石彫刻として完成されます。それをもとにブロンズ鋳造したのが、国立西洋美術館所蔵のエヴァです。また他の例としては、前庭に置かれた考える人とは別に、小さいサイズの考える人を館内会場でご覧いただくことができます。これは、小型の像をもとにロダンの監督下で職人が機械的に拡大するという、彫刻独特のプロセスを物語る作品です。こうした例を見るだけでも、「彫刻において彫刻家と職人の関係はどのようなものだったのか?」「ブロンズ鋳造というのはどのような技法なのか?」「原型から大理石にはどのように複製するのか?」「拡大や縮小はどのようになされるのか?」「そもそも彫刻家の創意とは何なのか?」など、さまざまな疑問がわいてきます。展覧会ではこうした疑問を入り口にして、1点1点を最初から最後まで画家が描くことでできあがる絵画とは異なる、彫刻制作のもつ多様性をご覧いただくことができるでしょう。

本展では、こうした制作のプロセスを理解すると同時に、彫刻作品に残る作者の痕跡に注目しながら、時には師と弟子、また別の場面ではライバルとして対峙したふたりの彫刻家の足跡を辿ります。また、これらの作品のほとんどは、国立西洋美術館設立の基礎である松方コレクションに由来するものでもあり、本展では松方幸次郎と当時設立されたばかりのパリのロダン美術館との関係など、これらの彫刻の収蔵の歴史もあわせご紹介します。前庭にあるロダンとブールデルの彫刻は国立西洋美術館の顔としてすでにおなじみの作品ですが、これらも展覧会の内容に照らし合わせながら、あらためてお楽しみください。

本展にあわせ、国立西洋美術館の教育部門の企画であるFun with Collection( 会期中同時開催)とFUN DAY( 11月10− 11日入場無料)を開催します。Fun with Collectionでは「彫刻の魅力を探る」と題し、石膏像、ブロンズ像、大理石像、テラコッタ像など彫刻の材料や技法の違いに光をあて、その魅力に迫るさまざまなプログラムを用意しています。『手の痕跡』と同じ会場で開催しますので、ぜひそちらもあわせてご覧ください。詳細はホームページなどでご確認いただくことができます。

(おおやみな・国立西洋美術館主任研究員)

 


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