
師匠と笹本繁春さん、お店の前で
どうも。鈴本演芸場では、おなじみのわたくし三遊亭歌武蔵が、今回の案内人です。
月刊「うえの」では二回目の登場かと思いますが、初めての方知らない方はこれを機会に記憶してください。ちなみに、自分は作文がとても苦手でして、国語の授業でも良い評価を頂いた事がありません。ですので、それを踏まえて読んでくださるならば、幸いです。ではなぜ?自分がこの寄稿の担当に選ばれたのか?それは……喫煙者、愛煙家だからです。
自分が初めてタバコに接したのは、十四歳の頃。亡くなった祖父と父がタバコを嗜んでいて、自分も中学生で法律に触れることは承知していたのだが、大人への憧れというか、大人への入口というか、好奇心で祖父や父のタバコから一本盗んで吸ってみた。イヤぁもう苦しくて、激しく咳込んで涙を流したのを、今でも覚えている。その時は「オレにはタバコは合わない。」と思い、興味も薄れていった。
中学卒業と同時に力士になるのだが、もちろん相撲部屋は喫煙厳禁である。もっとも、兄弟子の中には隠れて吸っていた人もいたようだが……その後自分は、相撲部屋を脱走し少しの間、板前の世界で身を隠していた時にタバコをおぼえたのであります。その後、噺家になり、師父圓歌の許で内弟子修行をするのですが、こちらも当然の事ながらタバコは御法度。前座の身分は厳禁です。ところが、隠れて吸っているところを見つかり、なん度破門にされそうになった事か。今でもあの頃を思い出すと、冷や汗が出る思いです。
そういえば、四ツ谷の駅前でノンキにタバコを吸っていたら、師匠と同じ型同じ色の自動車がやって来て「師匠の車にソックリだなぁ」と見ていたら、後部座席の窓がスゥーッと下がり始め、師匠が出てきた。自分は大きな声で「おつかれさまでーす!失礼します、行って参りまーす」と挨拶をした。車が前を通り過ぎて行ったのだが、フッと気が付くと右手の指に火のついたタバコが……「マズイなぁ見つかったよな」と思いつつ末広の楽屋へ行き、そこで先代の小勝師匠にそれを正直に話したところ「吸ってないって言い切れ」という助言。「ですが手に持ってたんですよ」。それでも「吸ってない。拾ったと言い切れ」と言うので、帰宅して師匠に挨拶すると「お前、今日タバコ吸ってたろ?」「イエ吸ってません」「持っていたじゃないか.」「拾っただけで吸ってません」。「そこまで言い切るならば、解った。今後は誤解を招くような事はするな」と、小勝師匠の助言が適切だったかどうかは、ちょいと疑問ではあるが破門は免れた。
タバコのしくじりは数え切れない。近頃はタバコの吸えない楽屋が増えた。都内の寄席は問題ないが、○○ホールや△△市民会館とか、公共施設は禁煙楽屋が多く、屋外に設置された喫煙所まで行かなければ吸えない。そのせいか、タバコをやめる師匠方や吸わない芸人が増えたような気がします。昔、専売公社のコマーシャルで「タバコは心の日曜日」というキャッチフレーズがあったように思います。吸わない人には迷惑でしょうけど、落ち着きたい時には、タバコやコーヒーはありがたい物で、わずかな時間で頭や心も休ませる大事な道具の一つかもしれません。そんな道具とオアシスを提供しているのが、ジェイアール御徒町駅南口改札から徒歩一分の処で長年にわたり営業している笹本たばこ店さん。

店内にて
写真/須賀 一
店の外には、タバコの自動販売機がズラッと並んでいる。もちろん、手売りのコーナーも有り店内にも入る事は可能だ。タバコを買う人は、是非入店して購入してもらいたい。
御主人の笹本さんは九十一歳になるというが、とてもその年齢には見えない。とにかく元気。明るい。陽気。博識。そして、優しく粋である。笹本さん、自身はタバコをやめて十数年になるというが、それでも七十代まで吸っていた事になる。大東亜戦争を経験され、終戦は外地で迎えて帰国してしばらく勤めてから現在の地でタバコ店を経営されている。外から見ると、立派なビルだがなんとタバコ店の直上は三角屋根になっていて、テッペンには風見鶏が立っている。わざわざ探して海外で見つけて来て取り付けた自慢の風見鶏である。
店内は、ズラッと各種タバコのカートンが並んでいるのはもちろんだが、CDや書籍が所狭しと並んでいる。色んなジャンルの物が置いてあり、時には演歌を、時にはクラシックを、時には落語聴きながら小説を読んだり、エッセイ集を読んだりしながら店番をし、お客様を対応する。馴染みのお客さんは、店に入って来ると勝手に好みのタバコを取り料金を払って出て行く。「いつもの事だよ。ウチはセルフサービス。というより、種類が多すぎて憶え切れないから、お客様に取ってもらってるんだ」と笹本さんは笑っていたが、それは謙遜だ。タバコの銘柄を言えば、スグにその場所に手が伸びて取り出し、料金を言う。プロだ!本当に九十一歳だろうか?自分は間違いなくその現場に居たのです。若い女性客が入って来てタバコを購入した。その時、笹本さんが「タバコ、やめたほうがいいよ。身体に良くないから」と一言。「ええ!売ってるじゃないですか!」と言うと「商売だからネぇ…こうやってお客様とコミュニケーションを取ってるの。シャレだよシャレ!」と笑っておられた。
今、区内は喫煙の場所が限られている。笹本タバコ店の前には灰皿があり、老若男女問わず多くの人がオアシスを見つけたように足を止め、笹本さんの前で一服していく。「この界隈も、ずいぶん変ってねぇ…人も街もね。でも、こういうタバコ屋のオヤジが一人くらい居てもいいと思うんだよ。今?毎日楽しいよ!色んな人に会えるしね。お客さんから元気を分けてもらってる気がするね」
「百歳までは店に立って御徒町のヌシ、上野の名物になってください」と言ったら「まだまだガンバルよ。名物は勘弁してくれ」と照れながら笑っていた笹本さん。愛煙家でなくても、一度は訪れてみてください。元気なタバコ屋のオヤジに会う事が出来ます。もしかしたら、タバコは身体にいいかもしれない……ナンチャッテ。
笹本たばこ店 03-3831-5302
(さんゆうていうたむさし・落語家) |