
「列子図襖」江戸時代・17世紀
メトロポリタン美術館蔵
©The Metropolitan Museum of Art. Image source:Art Resource, NY
国内外から年間五千万人の観光客が訪れる京都は、千二百年以上もの長い間、日本の中心として栄え、文化を育み、継承してきました。特別展「京都−洛中洛外図と障壁画の美−」は、その京都の四百年前の姿を、屏風や襖絵などを通じて体感していただく展覧会です。ここで少しそのみどころをご紹介いたします。
群雄(ぐんゆう)が割拠(かっきょ)した室町時代の終わりから安土桃山時代、戦国大名たちはみな天下を取るために上洛、すなわち京都に上ることを目指しました。すべての人々の憧れであった京都を一目見たい、手に入れたい。そんな願望から大流行したのが、京都の市内(洛中)や近郊(洛外)の名所を詳しく描きこんだ「洛中洛外図?風」です。天皇の住まいである御所を中心に、賑やかな四条河原、清水寺、鴨川、高雄の紅葉、華やかな園祭…。誰もが知っている名所や行事の数々と、楽しげに往来する人々の姿は、観る者にとってはさながら旅のガイドブックや写真集のように見えたことでしょう。展覧会の第一部「都の姿−黄金の洛中洛外図」ではこのような華やかな場面に加え、洗濯や授乳、風呂通いや喧嘩といった当時の人々の日々の営みを余すところなく伝える「洛中洛外図?風」の魅力をご覧いただきます。現存している「洛中洛外図?風」は百件以上ありますが、このうち国宝一件重要文化財六件の計七件のみが国指定文化財です。本展覧会ではなんとこれら全てが一堂に会します。特に、織田信長が上杉謙信に贈ったといわれる国宝「上杉本」(狩野永徳筆、米沢市上杉博物館蔵、十月八日〜十一月四日まで展示)や、浮世絵の祖といわれる岩佐又兵衛(いわさまたべえ)による重要文化財「舟木本(ふなきぼん)」(東京国立博物館蔵)は必見です。
また同じ京都を描いた?風ではあっても、天下人が変わるにつれ街の様子も変わっていきます。毎回描かれつつ位置や規模が少しずつ変化していく御所の姿や、初期の洛中洛外図?風では中心にいたにもかかわらず次第に描かれなくなっていく室町幕府足利将軍家の屋敷、徳川家の天下になることで突如出現する二条城など、特定の場所を注目しながら比較していくと、当時の天皇や公家、武士、寺社の勢力関係までも読み取ることができます。

重文「洛中洛外図?風舟木本」右隻(部分) 岩佐又兵衛筆江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵
続いて第二部「都の空間装飾−障壁画の美」では、京都を象徴する三つの場所、京都御所、二条城、龍安寺(りゅうあんじ)に注目し、その壮麗な空間をご案内します。
天皇の居住地である京都御所は公家文化の中心であり、その襖絵は常に当代一流の絵師たちが筆をふるっていました。これらは度重なる造営や改修により仁和寺(にんなじ)や南禅寺(なんぜんじ)など各所に下賜(かし)されましたが、今回はこれらを再び集わせ、四百年前の御所の面影を探ります。
一方、徳川将軍の権力を誇示するような壮麗な二条城は、将軍が江戸から京都へ上った際の居城として造営されました。権力の粋を集めた大広間や黒書院(くろしょいん)の壮麗な空間を、障壁画(襖絵や壁画)を立体的に展示することで再現します。
京都を支えていたのは公家や武家だけではなく、神社仏閣も大きな役割を果たしていました。瀟洒で洗練された美の象徴として龍安寺の石庭は世界的に知られています。障壁画のいくつかは一旦散逸してしまいましたが、近年再び龍安寺のもとに戻りました。加えて今回はアメリカ・メトロポリタン美術館やシアトル美術館など国外に保管されている障壁画を里帰りさせ、当時の姿を蘇らせます。
今回の展覧会では単に文化財を「観賞」していただくだけでなく、「体感」していただくことを目指しています。普段はなかなか近くで観ることのできない障壁画たちを、本来の空間構成に近い状態で再現することで、当時の人々と近い目線で感じていただくことができます。また高さ約四メートル×横幅十六メートルという巨大スクリーンには、龍安寺石庭や「洛中洛外図?風舟木本」の高精細映像を投影。あたかも京都を旅しているような体験をすることができます。
このほか、展覧会期間中は講演会などに加え、東京国立博物館を背景にしたプロジェクションマッピングなどの企画も予定しています。京都にいても観ることのできない京都の姿を、この秋ぜひ東京国立博物館で体感してください。
(かないひろこ・東京国立博物館特別展室研究員) |