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大恐竜展−ゴビ砂漠の驚異の恐竜たち− 真鍋真

オピストコエリカウディアの世界初の組み立て骨格

オピストコエリカウディアの世界初の組み立て骨格

ゴビ砂漠 状態の良い化石の宝庫

実際にはアンケートをとったことがないのですが、世界中の恐竜学者に「あなたが行ってみたい恐竜産地はどこですか?」と聞いたとすると、多くの研究者がモンゴルのゴビ砂漠と答えると思います。ゴビ砂漠からは約8000〜7000万年前の白亜紀後期の化石が、全身骨格が関節した状態で、変形せずに産出することがあります。周囲の岩石が取り除かれた化石の白い骨は、現代の動物の骨格と見間違えられることさえあります。ふつう恐竜の死骸は野ざらしになり、風化浸食などの物理的な破壊、死肉をあさる動物のエサになったり、バクテリアに生物学的に分解されたりするので、化石になって現代まで残る確率は非常に少ないと考えられています。モンゴルのゴビ砂漠には白亜紀末期にも砂漠があり、そこで暮らす恐竜たちが突然の砂嵐に巻き込まれて生き埋めになったりすると、状態の良い化石が出来ると考えられています。

アンドリュースの水筒


アンドリュースの水筒

恐竜発掘の「聖地」

保存の良い化石がたくさん出てくるゴビ砂漠は、世界中の恐竜研究者にとって「聖地」のような場所でもあります。それは、ゴビ砂漠の恐竜化石を最初に発見したロイ・チャップマン・アンドリュースというアメリカ人の存在です。1910年代、アメリカで流通していた地図でゴビ砂漠を見てみると、全くの空白で「未踏査unexplored」というような文字が書かれていたりするだけだったそうです。アンドリュースは、ニューヨークのアメリカ自然史博物館で剥製士の助手をやっていました。同博物館の当時の館長は肉食恐竜ティラノサウルスを1905年に命名したことでも知られるヘンリー・フェアフィールド・オズボーンという古脊椎動物学者でした。オズボーン館長は、人類の起源はゴビ砂漠のあたりにあると考えていたため、1922年、アンドリュースがアメリカ自然史博物館の調査隊を率いて中国からゴビ砂漠に向かいました。彼らは人類や霊長類の化石を発見することは出来ませんでしたが、代わりに恐竜の化石をたくさん発見します。夕日があたるときれいな色に染まることから、後に「炎の崖」と呼ばれるようになった化石産地に立つアンドリュースの写真は、様々なメディアで紹介され、彼らのゴビ砂漠での探検は世界中で注目されるようになりました。公認されてはいませんが、映画のインディ・ジョーンズのモデルはアンドリュースだったとされています。そんな探検家のアンドリュースの自叙伝や伝記などを読んで、研究者になったという人がたくさんいます。

草食恐竜の巣の化石

アンドリュースたちは、1923年、「炎の崖」から世界初とも言われる恐竜の卵の化石を発見しました。アンドリュース以降、第二次世界大戦、東西冷戦があり、しばらく西側の研究者がモンゴルで調査研究を実施することはありませんでした。1992年からは日本の調査隊もモンゴル人研究者と共働して、数々のすばらしい成果を挙げています。2011年、日本・モンゴル共同調査隊は、「炎の崖」と同じ地層から、恐竜の巣の発見を論文発表しました。巣の中には15個体の子どもの化石が同じ方向を向いて、寄り添うように化石になっていました。頭骨の形から草食恐竜プロトケラトプスだと分類されましたが、相対的に目が大きく、後頭部のフリル(えりかざり)と呼ばれる板状の突起が短いところに、子どもらしさが伺えます。プロトケラトプスのおとなは大きなものは全長2メートルぐらいありますが、巣の中の子どもは20センチメートルぐらいでした。もっと小さな子どもの化石もこれまでに見つかっていること、この巣の中に卵の殻が残っていないことから、この子どもたちは生後直後ではないと考えられています。すぐに巣立ちをするのではなく、しばらくは巣にとどまって一緒にくらしていたらしいことを示しています。

オピストコエリカウディアの骨格を復元中の筆者(左)


オピストコエリカウディアの骨格を復元中の筆者(左)

肉食恐竜の子どもの化石

2012年、日本・モンゴル共同調査隊が、今度は肉食恐竜タルボサウルスの子どもの化石を報告しました。北アメリカでティラノサウルスがいたころ、ティラノサウルスととても良く似たタルボサウルスがアジアに君臨していました。タルボサウルスのおとなは全長10メートルぐらいなのに対して、子どもは2メートルほどで、骨の内部構造から年齢は2から3歳くらいだったと推定されています。タルボサウルスなどのティラノサウルス類で子どもの化石が見つかったのは初めてで、巨大でがっしりした恐竜も、子どものころは頭骨の幅も狭く、後ろあしもほっそりとして華奢な体形をしていたことが判りました。

大型草食恐竜の全身骨格の復元

ポーランドの研究者が1977年に報告したオピストコエリカウディアは、前あしから尾まではほぼ完全なのですが、なぜか首から頭は見つかりませんでした。全身骨格の模型は存在するのですが、実際の化石に基づいた復元は行われていませんでした。今回、120点以上の実物化石を日本に借りて来て、強化プラスチックのレプリカをつくり、木の櫓にロープやバンドでレプリカを固定して、骨格の関節の仕方や可動範囲を調べてみました。実物の化石をつかって組み立てた世界初の骨格をぜひご覧になりにいらっしゃって下さい。

これからのゴビ砂漠

現在、学名が有効だとされている恐竜は800種以上とされています。現在、地球上にいる鳥だけで10000種類いることを考えると、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と1億6000万年以上繁栄して来た恐竜の多様性はどんなに低く見積もっても十数万種はあったはずです。私たちが恐竜について知っていることは氷山の一角かもしれません。ゴビ砂漠のように地表をおおう植生が少ない場所では、自然が化石を発掘してくれることがあります。地面が自然に風化浸食され、砂粒が少しずつ削られて行くからです。昨夏、何もなかった大地に、化石が顔を出して私たちを待っていてくれることもありますが、ゴビ砂漠のような場所では、そこを通りがかる人も少なく、せっかく顔を出した化石もまた少しずつ削られてしまいます。来年の夏にはもうそこには跡形もなくなっているかもしれません。ゴビ砂漠は、次は私たちにどんな恐竜との出会いをさせてくれるのでしょうか。

(まなべまこと・国立科学博物館研究主幹)

 


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